汽車旅モノローグ~鉄道小話

鉄道の話題・今昔話を綴るブログ。旧「黒羽君成の鉄道小話(北海道コラム)」

車両・列車

旧・旭川電気軌道の車輛たち:コハ051・モハ103・電動排雪車(無番) ~ 旅先での思わぬ出会い(Ⅰ)

2016/08/31

昭和55年のGW、後志管内の親族の法要の帰路・・・私の実家は当時札幌で、洞爺経由の帰り道は「大」遠回りです・・・「洞爺湖を見て、有珠山か昭和新山に登ってから帰りたい」という、ワガママな両親のゴリ押しと、コミコミの道内屈指の観光地の渋滞道路に、少なからず頭の血管が切れる寸前だった私は、長万部から国道37号線を東に向かい、洞爺駅の手前を左折、湖が見えたら右折、という最短距離を選択せず、「イヤ~、さすがに今日は昭和新山に行く道混んで(実際は余裕あり)洞爺村(当時)と仲洞爺廻ってそれでだめなら、帰るってことでいいしょ?」と湖が見えたら左折し、わざと遠回りをしたのでした。

ところが、対岸の洞爺村付近の道路は、案に相違してことの他すいていて、「あんた今日はさえてるね」などと、親からヨイショされながら、昭和新山の登り口まで行きかけたときでした。

左手にナニヤラみかけたことのあるモスグリーンの車体。あとの2輌は雪かき車と、やはり遠目に見えた濃い緑の車体の車輛。

「一輌目は旭川の051だな?あと2輌はワカラン?遠くの緑の車は定鉄の車かもしれん?とにかくモーケ、モーケ!!」と、写したのが下の2枚の写真です。

昭和新山は、ふもとの登り口まで来ると、車が「ピクリ」ともしないほどの混みようで、親の方から「帰ろうか」と言ってくれました。

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コハ051、電動排雪車、モハ501

コハ051(手前)、電動排雪車
<写真1>道立少年自然の家・・・の敷地内に車輛が4輌!!・・・道産子の私でも驚くほどの広さ。
コハ051(手前)、電動排雪車

 

モハ501
<写真2>モハ501,元定山渓鉄道の車輛です。

他にモハ103がいるはずなのですが、そういう目で見ておりませんでしたので、見逃したのでしょう。
モハ501越しに見えるグレーの物体は車輛の屋根に見えなくもありませんが、・・・

※写真撮影日:2葉とも昭和55(1980)年5月5日
※撮影地:壮瞥(そうべつ)町北海道立洞爺少年自然の家

 

20120923_1
<図1>洞爺湖周辺図

 

20120923_2
<図2>図1の北東の拡大図

 

◎コハ051の働いている最初で最後の姿は、私が家族で層雲峡に家族旅行に行った時[昭和44(1969)年10月]、旭川市内の「幹線道路の中央に 軌道敷があって、海坊主みたいなのが(=あとで最優秀車モハ1001と知りました)、051をノラリクラリひいていたのを見た」のが、実動時の最初で最後の瞬間でした。

旭川電気軌道の軌道部門は昭和2(1927)年2月から昭和48年の営業でした。

ここにお目にかけた車輛群は、残念ながらすべて平成5年(1993年)に相前後して解体され、いまでは姿を見ることができません。

 

<写真1>コハ051、電動排雪車について

◇コハ051←「キハ05」国鉄払下げ車。
◆JNR旧番05 16(書類上)、05 12(実車)<☆1>

昭和7(1932)年、後41000からキハ05に改番、 車長15.5m、エンジンはGMF13:100PS/1300rpm。<☆2>
昭和32年以降の改番車は41500(エンジンDA55) からDA58に換装変更のグループを41400と当初は呼び、後キハ05 0番代と再改番、車長は16.2m、車幅は両者共通で2.6m。こちらのエンジンのDA58は105PS。

※実際の稼働中の姿は『「1960年代 路面電車散歩」、p10、写真・文 諸河 久 氏、リブロアルテ 2011.5.11』などご参照ください。

◇電動排雪車(無番号)
元々「旭川市街軌道」のササラ式「排1型」除雪車。
昭和6(1931)年8月汽車会社東京支店で製造。
昭和31年6月9月、市街軌道廃止時、電気軌道に譲渡。
昭和43年、旭川市街軌道、旭川電気軌道に合併される。
昭和48年1月1日、旭川電気軌道廃止後当地に保存。

 

<写真2>モハ501について

◇モハ501
昭和4(1929)年の新潟鐵工所製「モハ100形」を昭和31年に「2100形」に車体更新する際、旧車体を利用して作られました。
とはいえ、名車モハ1001就役の翌年製造ですので、台車、部品などは「1001」と共通部分が多く、新品も使われていて、ただひたすらに中古車のたたき直し・・・ということではありません。当地への入線は昭和33年でした。
16m車、幅2.7m,電動機出力:37.8x4PS=151.2PS=111.2kw(1PS=0.7355kw)[一説に37kwx4=148kw=201.2PS]

◆モハ103:スイマセン!写真には登場していません!
昭和23(1948)年、車庫火災が発生。翌年モハ100型3輌を新製しました。
全長は12.5mと小型車あるいは路面電車の範疇ですが、車幅は2.7mと現代の地方私鉄にも充分通用するサイズです。
当形式は、新機軸車「モハ1001」就役後も、旭川電軌の主力として活躍しました。

親のワガママに付き合っていなければ、まさか、こんな車輛達に会えるなんて<☆3>ありえなかったはずです。

悪事を働いて?おとがめなしの報酬がきた??めずらしいお話をご紹介いたしました。

 


 

☆1:参考サイト『キハ05 車歴 その1』(きはゆに資料室 様)
最終配置は倶知安区で昭和40年9月14日用途廃止とあります。

☆2:GMF:はじめの2文字はGasoline Moterの頭文字。
3番目は、アルファベットが「A」から数えて幾つめかが=シリンダ数を意味します。
GMF→FはAから数えて6番目→→ガソリン6気筒エンジン

☆3:洞爺少年自然の家がこれら車輛の保存を行っていることは現場の方から伺いましたが、なぜ引き受けることになったかまではよく理解できませんでした。

 

文・写真・図/黒羽 君成

 

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