汽車旅モノローグ~鉄道小話

鉄道の話題・今昔話を綴るブログ。旧「黒羽君成の鉄道小話(北海道コラム)」

駅舎 車両・列車

昭和51(1976)年の宇都宮、日光、野岩鉄道開通前の東武鬼怒川線(その4)

2016/08/31

Ⅳ: 国鉄・日光駅、東武鉄道・日光駅

名駅舎・国鉄日光駅と東武鉄道の先代・日光駅、また、帰路一枚だけ写真を撮った浅草駅の急行「りょうもう」号を御紹介いたします。

 

今回は国鉄、東武鉄道の「日光」というターミナル駅同士を比べてみました。

そして浅草駅で発車待ち、当時の東武の中にあって、車齢7年と比較的若い車でありました、ローズピンクの1800系急行電車「りょうもう」号の更新前原型をご覧頂きたいと思います。

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国鉄・日光駅

まずなんといっても「白亜の殿堂」と申しますか、駅の写真集では常連、これは落とせない国鉄・日光駅であります。

大正元(1912)年完成の木造!!2階建て。

ハーフティンバーの柱、正面ニ階部分の半円形の小ぶりな窓と各部屋に当たる部分の上部に装飾がしつらえた網戸風の窓とがすばらしいバランスで配置され、これほどの意匠の限りを尽くしているのにもかかわらず、全体の造作が繊細なゆえに、重厚というよりむしろ瀟洒あるいは軽快さが伝わってくる作りといえましょうか。

車寄せ柱の礎石は大理石と、竣工時から、明らかに国外からのお客様に照準を合わせた設計だったのでしょう。

その車寄せ中央で拍手しますと天井が共鳴する「駅の鳴竜」が今も観光客を迎え、内部には現在に至るまで「貴賓室」があり、照明もシャンデリアという至れり尽くせりの洋館であります(☆16)。

 

国鉄日光駅
<写真 - 10>国鉄日光駅
撮影日:昭和51(1976)年7月14日

せっかくの気品に満ちた白の輝きも写し手が悪いと全くさえなくなってしまいます。

 

東武・日光駅

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<写真 - 11>昭和54(1979)年の改築前の東武日光駅
撮影日:昭和51(1976)年7月16日

昭和4(1929)年、杉戸(現・東武動物公園)からの94.5kmを複線電化で一気に開業させました。
小田急の新宿・小田原間82.5kmを凌駕するものでありました。

 

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<写真 - 12>東武日光駅ホーム
撮影日:昭和51(1976)年7月16日

手前の木製の立て札は標高票ですが小さすぎて読めません(私の視力で・・・)

 

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<写真 - 13>東武日光駅ホーム
撮影日:昭和51(1976)年7月16日

同じく東武日光駅ホームです。手前の6000形は③で御紹介した「下今市までの上り特急連絡列車」で、
鬼怒川線・特急きぬ号までの乗客を輸送する役割をになっていました。

遠方のベージュ色の電車は3000系「普通・新栃木行き」です。

 

赤い急行・りょうもう号

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<写真 - 14>出発待ちの「赤い急行・りょうもう号」下り赤城行き、浅草駅にて
撮影日:昭和51(1976)年7月16日

 

1800系電車について

昭和44(1949)年8月より伊勢崎線急行専用車として就役しました。
伊勢崎線は従来よりビシネス色が強く、日光・鬼怒川線に比べ、特に車輌接客面で立ち遅れが目立っていました。

急行列車は、はじめ戦前の特急専用車「デハ10系」を使用、1800系出場前は1700系特急車の先代5700系特急車など、日光線系統の格下げ車ばかりを使用していました。

そこで、両線の格差を是正すべく、冷房付き急行専用車、<20m車x4連>を1ユニットとした固定編成の新車、6本を投入しました。座席は、回転クロスシートで定員制としました(☆17)。

その後乗客増に合わせて、4連x2本を昭和48(1973)年に増強、昭和54(1979)年には中間車2輌を挿入、1ユニットは6輌編成となりました。

平成3年(1991年)、当線は日光・鬼怒川線に新特急「スペーシア」登場にあわせ、1720系を更新した、「200系車輌」を投入。

新系列「特急・りょうもう」として新たなスタートをきりました。停車駅は急行時代と変わりありません(☆18)。

従来の1800系はリニューアルし、同年より300系6連(4M2T)と350系4連(2M2T)に組みかえられ、主に日光線急行、夜間急行、団体臨に使用されています。

日光線入線に当たっては、勾配線対策として「発電・抑速ブレーキ」が追加されました(☆19)。

 

2013-04-27-15
<写真 - 15>東武鉄道硬券(初乗り料金ではありません)
撮影日:昭和51(1976)年7月14日

 

 

あとがきにかえて

内容的には検討、調査が不充分のところがあり、あとから見ますとこれもやってない、あれも・・・という具合に結構「泥沼」でした。

日光・鬼怒川線の終着駅のみを取り上げたようなものですので、案外簡単に終わるか?と思っておりましたら、やはり神様はそれほど甘く扱ってくれませんでした。

それでも、皆様に多少でも楽しんでいただければ望外の喜びであります。

なお、過去記事の『なぜ北海道には大きな軌道線用駅舎が出現しなかったか?[3]旧・東武日光電車「馬返駅」跡を訪ねて<2012.7.14>』と一緒にお読みいただくと、日光地区の歴史の背景も多少なりともわかりやすくなるかも知れません。時間に余裕のある方はそちらものぞいてみてください。

最後まで、お付き合い頂きありがとうございました。

 

【参考】

☆16: 『日本の駅舎 残しておきたい駅舎建築100選(JTBキャンブックス)』 杉﨑行恭(著) JTBパブリッシング1997年10月1日 p12-13
☆17: 『私鉄車両めぐり[91] 東武鉄道』 青木栄一・花上嘉成(著) 鉄道ピクトリアル 1972年3月 臨時増刊号 vol. 22,No.263,
鉄道図書刊行社 P93-94,
☆18: 『東武1800系電車』:Wikipedia
☆19: 『私鉄スーパートレインコレクション―スペシャルエクスプレス&マイタウントレイン (トラベルムック 鉄道ダイヤ情報PREMIUM) 』邑口亨(編集人) 交通新聞社 2011年9月8日 p16、

 

(写真・文 / 黒羽 君成)

 

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