汽車旅モノローグ~鉄道小話

鉄道の話題・今昔話を綴るブログ。旧「黒羽君成の鉄道小話(北海道コラム)」

駅舎

昭和55-56(1980-81)年頃に撮影した札幌圏の駅(5)<幌向・上幌向・岩見沢>

2016/08/31

今回は、30年の間に、駅舎がピッカピカの新品になった(岩見沢は「不幸な結果」ですが)、三つの岩見沢市内の駅の御紹介です。

※撮影日は特記なき限り昭和56(1981)年9月10日です。

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幌向駅

函館線の札幌方から見た岩見沢市の最初の駅です。

開業時[明治15(1882)年]の官営幌内太フラッグステーションを経て翌年幌向となりました。(☆15)

2面3線で島式ホームと相対式ホームの構内配線です。

訪問時の、写真の駅舎は昭和37(1962年)8月18日、 改築されたものです。

その後、平成10(1998)年3月20日 、再度駅舎が改築され、地上駅舎から橋上駅舎になりました。

現在、札幌、岩見沢双方のベッドタウンとして人口は増加中ですが、乗降客がわずかに減少を続けているのが悩みの種でしょうか?(☆15)。

 

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<写真-26> 幌向駅(4代目、☆15)。右手が札幌方。

2面3線で島式ホームと相対式ホームの構内配線のまま橋上駅となりました。

平凡な作りの雰囲気から、現在は駅名標なども行燈式の見やすいものに変わり、在京の私鉄の退避駅といった風情となりました。

橋上の構造物が、次の上幌向とともに、無駄を省いたコンパクトかつ、機能的なイメージで「近代化」を演出しています。

 

上幌向駅

読んで字のごとく、「幌向川」にそって「幌向」より上流にあります。

一番鉄道線に近いところを流れている川は利根別川なんですけど・・・

訪問時はご覧のような寄棟造り・錣< しころ>屋根(寄棟の上下の屋根の勾配が連続していないもの)のチョットくたびれた感じの駅舎でありました。

開設は明治40(1907)年で、当駅舎は初代のものが使われ続けていたらしいのです。

昭和53(1978)年一旦無人駅となりましたので、訪問は無人化3年後のことでした。

 

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<写真-27> 上幌向駅・旧駅舎。手前側が札幌方。

ご覧のとおりの比較的大きな駅舎で、構内は相対式2線構造でした。

老朽化のため、平成7(1995)年改築・橋上化されておりますが、国道12号線(札幌・旭川間国道)の拡幅で、駅舎の大きさとともに「相対式ホーム」の占有面積が嫌われたのでしょうか?、島式ホーム化と面目を一新します。

さらに平成10(1998)年、業務委託駅へと無人駅から脱却しました(☆16)。

 

岩見沢駅・旧駅舎

当駅は、幌内地区の石炭を小樽・手宮港まで運ぶ目的で明治15(1882)年開設され、日本でも屈指の歴史を誇る中枢駅です。

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<写真-28> 岩見沢駅をやや札幌方から撮影。画面左手が札幌方。

「切り妻の腰折れ屋根」の「ギャンブレル屋根」よく似た形式に「マンサード(現地語・仏:マンサール)屋根」がありますが、その方式は、4方向とも寄棟で 腰折れ屋根であります。

チョット時代を感じさせる風貌、訪問時の駅舎は昭和8(1933)年供用開始の3代目駅舎でした。

機関区を二つ持ち、全盛期の石狩・空知の両炭田の運炭列車のコントロールを一手に引き受け、石炭産業斜陽化後も、函館線電化による電気機関車の基地になるなど、道内随一の規模の鉄道駅に一部の亀裂も生じないと思われていた矢先、突然不幸に襲われます。

平成12(2000)年12月10日未明、漏電による火災で、駅舎が全焼してしまいます(この時点で道内では由仁、上白滝に次いで3番目に古い駅舎でありました)。

そのころ、駅前再開発、函館線高架化の話もあったため、プレハブの窮屈な仮住まいが結果的に5年も続いてしまいました。

改めて旧駅舎を拝見しますと、やはり多少の古さはあるかな?と感じないでもありません。

しかし、他の三島の省線の中核駅、特に戦時買収私鉄の本社社屋兼駅舎のような風格が漂っていると思いませんか?

間口の広い正面玄関、それに連なる広い両翼の建築様式。向かって左側の2階部分には、何やら事務部門が集中配置されているような構造・・・でも「小田急の中間五大主要駅(☆17)」にも似て、今の若い方には受けないかも?

構内配線は出火以前からのものが使われております。

片面一線+島式3面5線ですが、<①番ホーム②番線中線③番線ホーム④番ホーム⑤番線中線⑥番線ホーム⑦番線ホーム>で構成。

①番ホームが室蘭線発着、④は函館線特急上り、⑥は同下りのみ決定入線であとは、ダイヤでフレキシブル運用。
②番線は主に貨物列車発着に使用し、⑤番線は留置車両が止まることがあります。(☆18)

 

4代目 岩見沢駅・駅舎

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<写真-29> 駅正面やや札幌方から。平成19(2007)年6月23日竣工。

撮影日:平成25(2013)年6月14日、カメラ機能付き携帯電話で撮影

「駅」だとわかっても「そっかな~?」と思う程度の外構え。むしろ美術館?、公共の会議施設??かと思わせます。
外壁に、「岩見沢駅」なる大ロゴマークを配していないのが原因のひとつかと思われます。

KIOSKなど一部の施設は地上階にありますが、改札口、駅務室、旅行案内、自由通路は階上にあり、橋上駅の仲間に入れていいと思います。

 

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<写真-30> <写真-29>より少し下がった位置から。左の連続屋根はタクシーのりば。

全体を通して見ると、駅自体の機能美もさることながら、駅前広場に緑を配し、場所によっては、建物の反射光がさえぎる場所があったり、車寄せが玄関に近すぎず混雑にもある程度対応可能、加えて中央導線のゆったり感もラッシュ時、急な大量降雪時などに人々に気持のゆとりをあたえるでしょう・・・といった、建物単体でも、駅周辺計画といったトータルバランスでも勝負できるよ!といった非凡な発想・センスがグッド・デザイン賞の中でも頂点を極めるに至ったかと拝察いたします。

 

岩見沢機関区(庫)、略歴

運炭列車の歴史は岩見沢機関区の話抜きではかたれません。

 

<岩見沢機関区(庫)、略歴(☆19)> (※:◇機関区の話題 ◎駅舎の話題)

◇明治24年(1891年):機関庫設置
◇明治32年:火災で消失、同33年再建。
◎昭和8(1933)年12月24日:3代目駅舎完成。
◇昭和43(1968)年8月1日:10月1日の小樽・滝川間電化開業に備え電気機関車基地の岩見沢第二機関区開設。
電気機関車とディーゼル機関車の基地となる。
従来の岩見沢機関区は岩見沢第一機関区と改称。
◇昭和51(1976)年3月末:室蘭本線無煙化により配置蒸気機関車数ゼロの乗務員区となる
◇昭和61(1986)年11月1日:岩見沢第一機関区と岩見沢客貨車区を統合して岩見沢運転区となる。
岩見沢第二機関区を岩見沢機関区に改称する。
◇昭和62(1987)年 3月1日:岩見沢機関区を空知運転区に改称する。
※4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR北海道に継承される。
◇平成2(1990)年4月1日:空知運転区を空知運転所に改称する。
◇平成6(1994)年11月1日:空知運転所が廃止となる。
◎平成12(2000)年12月10日:漏電により3代目駅舎全焼(この時点で道内では由仁、上白滝に次いで3番目に古い駅舎であった)。
◎平成19(2007)年6月23日:4代目駅舎完成。

 

グッドデザイン大賞について

「グッド・デザイン賞(☆20)」は日本で唯一の総合的デザイン評価・推奨の公募システムです。

工業製品からビジネスモデルやイベント活動など幅広い領域を対象とし、これまでの総受賞対象数は30,000件以上にのぼります。

生活や産業ひいては社会全体の発展を目的としているため、新しさや高度さ、価値観の創造や社会貢献などで評価を得る必要があります。

地球環境などに特別に配慮したものには、サステナブルデザイン賞などの特別賞が用意されています。

毎年、投票によって最も優れたものを決定し、投票数の最も多かった対象にグッドデザイン大賞が贈られます。

受賞率は約30%ほどであり、特徴としては、特別賞や金賞が審査によって選ばれるのに対し、「大賞」は投票によって選ばれる。

グッドデザイン大賞は、2005年度以降はベスト15の中から選ばれ、大賞に漏れた場合は金賞となる。

[2009年グッドデザイン大賞」
対象:岩見沢駅複合駅舎、企業:JR 北海道、デザイナー:①ワークヴィジョンズ、②岩見沢レンガプロジェクト事務局

 

JR北海道のグッド・デザイン賞

<車輌>(☆21)
◇気動車
・183系「ニセコエクスプレス」(1989)
・183系「クリスタルエクスプレス」(1990)
・281系「HEAT281」(1994)
・DMV(2008) ※2008年度サステナブルデザイン賞受賞

◇電車
・785系(1991)

 

【参考】

☆15:『幌向駅』:Wikipedia
☆16:『上幌向駅』:Wikipedia
☆17:稲田登戸、新原町田、相模厚木、大秦野、新松田
☆18:『岩見沢駅』:Wikipedia
☆19:『岩見沢運転所』:Wikipedia
☆20:『グッド・デザイン賞』:Wikipedia
☆21:『鉄道車両グッドデザイン受賞作品』:(交通全般wiki 様)

 

(写真・文/黒羽君成)

 

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